「米国にSIerはいない」は本当か — 政府ITという巨大な例外
日本のIT業界でよく言われる通説があります。「米国にSIerはいない。向こうは内製文化だから」。統計を見ると、これは半分正しい。IPAのDX白書によれば、日本ではIT人材の73.6%がITベンダー側に所属するのに対し、米国では64.9%がユーザー企業側——つまり民間のシステム開発は確かに内製が主流です。
しかし巨大な例外があります。連邦政府です。米政府のIT支出は年間1,000億ドル超(GAO、2025年)。その多くを外部の民間企業が担っており、そこには「アメリカのSIer」と呼ぶべき上場企業群が存在します。本記事では政府IT大手4社と決済ITのFISを、2026年7月時点の決算・2025年の「DOGEショック」・ETF組入れ状況まで検証して整理します。
まず数字で — 通説が成り立つ場所と、成り立たない場所
IPA「DX白書2023」の日米比較では、日本のIT人材約125万人のうち73.6%がIT企業(ベンダー)側に所属。米国は約498万人のうちIT企業側は35.1%で、64.9%がユーザー企業側です。民間企業がシステムを作るとき、日本は外注し、米国は自分で作る——通説の土台はこの構造です。
ところが連邦政府は事情が違います。GAO(米政府説明責任局)は「連邦政府は年間1,000億ドル超をITに支出し、その大半は既存システムの運用・保守に充てられている」と指摘しています。数十年モノのレガシーシステムを大量に抱え、専門人材を外部に頼る——構図はむしろ日本の官公庁システムに近い。この市場を寡占するのが、以下の「米国のSIer」たちです。ちなみにDOGE(政府効率化省)の嵐が吹き荒れた後でも、文民機関のIT予算要求はFY2027で757億ドルと過去最高を更新しています。削られたのは「IT」ではなく「コンサル」でした——これが後述する明暗の分かれ目になります。
銘柄名鑑 — 政府IT4社+決済IT1社
| 企業 | ティッカー | 直近通期売上 | 増減 | 一言 |
|---|---|---|---|---|
| Leidos | LDOS | $17.2B (FY2025) | +3.1% | 政府IT最大手。旧SAICの本体側 |
| Booz Allen Hamilton | BAH | $11.2B (FY2026) | −6.4% | 政府コンサルの雄。DOGE直撃 |
| CACI International | CACI | $8.6B (FY2025) | +12.6% | 機密案件比率が高い実装型 |
| SAIC | SAIC | $7.3B (FY2026) | −2.9% | 2013年に旧SAICから分社した側 |
| FIS | FIS | $10.7B (2025) | +5.4% | 金融IT。2026年に事業の顔が交代 |
各社の会計年度は締め月が異なる点に注意(LDOS=暦年ベース、BAH=3月締め、CACI=6月締め、SAIC=1月締め)。参考: General DynamicsのIT部門GDITは部門売上$13.5B(2025年)で、独立していれば業界最大級。ほかにParsons(PSN、$6.4B)、行政BPOのMaximus(MMS、FY2025 $5.4B)なども。
Leidos $LDOS — 政府IT最大手、「旧SAIC」の本体側
国防総省・国土安全保障省・情報機関を顧客とする政府ITサービスの最大手。ややこしい社名の由来は2013年9月の会社分割で、旧SAICが本体(IT・ソリューション側)を「Leidos」に改名し、政府技術サービス部門を「新SAIC」として切り出しました。2016年にロッキード・マーティンのIS&GS部門を統合し規模で頭ひとつ抜け、2020年には極超音速分野などを持つDyneticsを買収。2026年に入っても電力インフラエンジニアリングのENTRUST($2.4B)を買収するなど拡大路線で、直近5月の四半期決算ではガイダンスを引き上げています。
Booz Allen Hamilton $BAH — 政府コンサルの雄にして、DOGEショックの主役
1914年創業の名門。売上のほぼすべて(約98%)が米政府関連という純度で、国防総省・情報機関向けのコンサルティングと技術サービスを提供します。商業コンサル部門は2008年に「Booz & Company」として分離され、そちらは2014年にPwCに買収されて現在のStrategy&になりました。NSAの監視プログラムを暴露したエドワード・スノーデンが、暴露当時に所属していた会社としても有名です。後述の通り、2025年は同社にとって試練の年になりました。
CACI International $CACI — 機密案件に強い実装型
国防・情報コミュニティ向けの専門技術サービスとITで、機密指定案件の比率が高いのが特徴。1962年創業で、創業メンバーにポートフォリオ理論のハリー・マーコウィッツ(ノーベル経済学賞)がいるという意外な系譜を持ちます。FY2025は売上+12.6%と、後述のDOGE環境下でも増収を続けた「耐性組」の代表です。
SAIC $SAIC — 分社した「もう片方」
2013年の分割で旧SAICから切り出された政府技術サービス側。Engility(2018年)やUnisysの連邦部門(2020年)を買収しつつ、ほぼ政府専業のITサービスを提供します。直近FY2026は微減収でしたが、2026年6月発表の四半期では利益が市場予想を大きく上回り、通期見通しを引き上げました。
FIS $FIS — 決済ITは「事業の顔」が入れ替わった
日本でいうCAFISやCARDNETのような決済インフラを担う金融IT大手——という2021年頃の説明は、今では半分しか正しくありません。2019年に約$35Bで買収した加盟店決済のWorldpayを、2024年に55%、2026年1月に残り45%も売却して完全に手放し、入れ替わりにGlobal Paymentsからカード発行処理のIssuer Solutions(旧TSYS)を$13.5Bで取得しました。現在の姿は「銀行向けコアバンキング+資本市場+カード発行処理」の会社です。買収と売却で事業の顔がここまで変わる例も珍しく、米金融ITの再編の激しさを象徴する銘柄と言えます。
2025年「DOGEショック」— コンサルは斬られ、実装は残った
2024年11月のDOGE(政府効率化省)構想の登場から、政府サービス業界は激動に入ります。2025年2月にGSAが各省庁へ大手コンサル10社(Deloitte、Accenture Federal、BAHなど)との契約正当化・削減を指示、4月には国防総省が$5.1B分のITサービス・コンサル契約の打ち切りを発表しました。
直撃を受けたのがBooz Allenです。2025年5月に弱い通期見通しと約7%の人員削減を発表して株価は1日で16.5%下落、10月にも見通しを再度引き下げました。株価はDOGE構想直前の2024年10月末の$186から、2026年6月には$59.71まで下落——ピーク比で約68%安です。冴えない場面が多い、という政府ITサービス株の昔からの評判が、最も苛烈な形で現実になりました。
一方で明暗は分かれました。「アドバイス」を売るコンサル型が斬られる一方、システムの構築・運用そのものを担う実装型は契約が残り、LDOS(+3.1%)・CACI(+12.6%)・GDIT(IT部門+3.4%)は増収を維持。前述の通り、文民機関のIT予算自体はFY2027要求で過去最高です。なおBAHも2026年1月・7月と2四半期連続で市場予想を大きく上回り、7月24日の決算では株価が+10.1%と、底打ちの気配が出てきています(それでもピーク比では6割安の水準ですが)。
日本のSIerと何が違うのか
- 顧客がほぼ政府単独:民間需要の薄い市場なので、景気サイクルより連邦予算・政権交代・政府閉鎖が業績を動かします。2025年はその「政策リスク」が過去最大級に顕在化した年でした。
- 参入障壁はセキュリティ・クリアランス:機密指定案件はクリアランス保有者にしか触れないため、クリアランス人材を大量に抱えること自体が堀になります。CACIやBAHの価値の源泉はここです。
- 再編が激しい:LeidosとSAICの分割・統合の歴史や、GDによるCSRA買収(2018年・約$9.7B)のように、業界地図が数年単位で書き換わります。社名と実体の対応関係は定期的に確認が必要です。
ETFで持てるか — 実は「4社全部入り」は1本だけ
2021年頃には連邦政府契約企業だけを集めたETF(Emles Federal Contractors ETF・FEDX)が存在しましたが、運用会社ごと2022年10月に清算され、現存しません。当サイトが追いかけている「消えた金融サービス」の系譜に、ETFもまた連なっています。
現在の主要ETFの組入れ状況(2026年7月時点の開示ベース):
- PPA(Invesco Aerospace & Defense)— 4社すべてを組み入れる唯一の主要防衛ETF(LDOS 1.3%・CACI 1.0%・BAH 0.6%・SAIC 0.3%)。
- SHLD(Global X Defense Tech、2023年9月設定・AUM $7B超)— LDOSのみ組入れ(約2%)。BAH・CACI・SAICは不採用。
- ITA・XAR(iShares/SPDRの航空宇宙・防衛)— 現在は4社を実質組み入れていません(XARは全48銘柄を確認してゼロ)。「防衛ETFを買えば政府ITも入ってくる」は今では成り立ちません。
- IPAY — 決済系はETFMGからAmplifyへ移管され「Amplify Digital Payments ETF」に改名(ティッカーは不変)。FISは約4%で組入れ継続です。
⚠ 留意点
- 政府ITサービス株は政策・予算リスクが業績に直結します。2025年のDOGEショックはその実例であり、今後も政権・議会の方針次第で同様の変動が起こり得ます。
- 売上・株価・ETF組入れ等の数値は2026年7月25日時点の各社決算資料・SEC開示・ETF公式データに基づきます。会計年度の締め月が社ごとに異なる点にご注意ください。
- 本記事は公開情報を基に当サイトが整理した事実の紹介であり、特定銘柄・ETFの売買を推奨・勧誘するものではありません。投資に関する最終判断はご自身の責任で行ってください。
あわせて読みたい
本記事は各社の決算資料・SEC開示(10-K・N-PORT等)・ETF運用会社の公式データ・GAO/IPA等の公的統計を基に当サイトが整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の金融商品の購入・売却を推奨・勧誘するものではありません。記載内容は作成時点のものであり、今後変更される場合があります。投資に関する最終判断はご自身の責任で行ってください。
出典:各社IR・SEC EDGAR、GAO High-Risk Series 2025、IPA「DX白書2023」、各ETF運用会社公式資料(2026年7月25日時点)。