セルインメイは本当か — 季節性は実在した。戦略にした人から負けた
「5月に売って市場を離れよ」——2025年の4月末にこの格言に従った人は、S&P500の+22.8%、日経平均の+45.4%という、それぞれ1950年・1971年の集計開始以来最強の夏をまるごと見送りました。では格言が嘘かというと、そうでもありません。S&P500の76年間で、冬半期(11〜4月)の平均+6.95%に対し夏半期(5〜10月)は+2.08%——季節差そのものは確かに実在します。実在するのに、なぜ従うと負けるのか。
学術研究の賛否(37市場中36市場で確認 vs 近年は消失)、日米の実測(長期・直近10年・年別)、税と新NISAと待機金利という執行コスト、そして本場のセルインメイETFが2026年5月に清算された顛末まで、一次資料と自前計算で検証しました(2026年7月26日時点・編集部構成)。
格言の由来 — 競馬の祭典に戻ってこい
完全形は「Sell in May and go away, come back on St Leger's Day」。セント・レジャー・ステークスは1776年創設、英クラシック5競走で最も歴史の古い競馬の祭典(毎年9月)で、ロンドンの金融街の社交シーズンの締めくくり——「夏の間は皆が市場を離れるから、戻る9月まで株も休め」という趣旨で広まったとされる格言です(起源の初出文献は確認できず、この「とされる」が正確な記述です)。米国では1986年にStock Trader's Almanacのイェール・ハーシュが「ベスト6カ月(11〜4月)」として同じ現象を定式化し、ハロウィンに買って5月に売る形が定着しました。
学術の答え — 「実在する。ただし近年は怪しい」
この格言は学術研究の題材として異例なほど真剣に扱われてきました。肯定側の金字塔はBouman & Jacobsen(2002, American Economic Review)——調査した37市場のうち36市場で冬半期が夏半期を上回り、英国では1694年まで遡る証跡に言及しました。後続のZhang & Jacobsen(2021)は世界の入手可能な全指数・6万カ月超で冬が夏より平均約4%ポイント高いことを確認しています。
一方で反論も強力です。Maberly & Pierce(2004)は米国の効果が1987年10月の暴落と1998年8月(LTCM危機)というたった2つの外れ値で説明でき、調整すると有意性が消えると指摘。Dichtl & Drobetz(2015)は「近年はハロウィン効果が大幅に弱まったか消失した」と結論しました。興味深いのは提唱者側の後続研究で、Zhang & Jacobsen(2013)は英国300年超の月次データから「月次の季節性はサンプル期間に依存する——『見る者の目の中』にあるのかもしれない」とまで書いています。原因仮説(夏季休暇、日照時間と気分のSAD仮説:Kamstra et al. 2003, AER)はどれも決定打を欠き、因果は未確立です。
実測① 長期の季節差は本物 — 日本は世界屈指だった
月末終値ベース(夏半期=4月末→10月末、冬半期=10月末→翌4月末、価格のみ・税コスト前)で当サイトが実測しました。
| 指数・期間 | 夏半期 平均(勝率) | 冬半期 平均(勝率) |
|---|---|---|
| S&P500 1950–2025(76期) | +2.08%(66%) | +6.95%(76%) |
| S&P500 1990–2025 | +2.99%(72%) | +6.77%(78%) |
| 日経平均 1971–2025(55期) | +0.46%(53%) | +7.68%(73%) |
| 日経平均 1990–2025 | ▲0.67%(47%) | +5.12%(67%) |
米国の冬夏差は年4.9%ポイント。日本はさらに極端で、日経平均の夏半期だけを1971年から55年持ち続けると元本は0.72倍に減り、冬半期だけなら33.3倍——世界でも指折りの季節差を持つ市場でした。ここまでは格言の完勝です。
実測② ところが直近10年は日米とも「夏が9勝1敗」
| 年 | S&P500 夏 | S&P500 冬 | 日経 夏 | 日経 冬 |
|---|---|---|---|---|
| 2016 | +3.0% | +12.1% | +4.6% | +10.2% |
| 2017 | +8.0% | +2.8% | +14.7% | +2.1% |
| 2018 | +2.4% | +8.6% | ▲2.4% | +1.5% |
| 2019 | +3.1% | ▲4.1% | +3.0% | ▲11.9% |
| 2020 | +12.3% | +27.9% | +13.8% | +25.4% |
| 2021 | +10.2% | ▲10.3% | +0.3% | ▲7.1% |
| 2022 | ▲6.3% | +7.7% | +2.8% | +4.6% |
| 2023 | +0.6% | +20.1% | +6.9% | +24.5% |
| 2024 | +13.3% | ▲2.4% | +1.8% | ▲7.8% |
| 2025 | +22.8% | +5.4% | +45.4% | +13.1% |
※当サイト実測(月末終値、価格のみ)。夏=4月末→10月末、冬=10月末→翌4月末。
夏半期がマイナスだったのは10年で米国が2022年の1回、日本が2018年の1回だけ。平均でも直近10年はS&P500が夏+6.9% vs 冬+6.8%、日経は夏+9.1% vs 冬+5.5%と、季節差は消えるどころか逆転しています。Dichtl & Drobetzの「近年は消失」は、日米の実測でもそのまま成り立っていました。
2025年 — 「売った人」の答え合わせ
関税ショックの2025年が決定版です。S&P500の底は4月8日(4,982.77)。4月末(5,569.06)は既に底から+11.8%戻した水準で、そこで売った人は10月末(6,840.20)までの+22.8%を全部見送り、6月27日の史上最高値更新も市場の外から眺めることになりました。日経平均は4月末36,045円→10月末52,411円で+45.4%。なお2024年8月5日の歴史的急落(日経▲12%日)を「夏を休んでいて回避できた」人も、10月末に機械的に買い戻すと夏半期トータル+1.8%を逃しており、僅差の負けです。恐怖は回避できても、リターンはほぼ守れていません。2026年も進行中ながら4月末→7月24日でS&P500 +2.8%・日経+9.0%と、いまのところ売った側が置いていかれています(10月末までの結果は未確定)。
実測③ 33年続けた結末 — 買い持ちの29%
配当込み(SPY調整後終値)で1993年1月末から2026年6月末まで、「冬だけ保有・夏は現金(金利ゼロ)」を機械的に33.4年続けた場合:
- 買い持ち:30.97倍(年率10.82%)
- 冬だけ保有:8.98倍(年率6.79%)——買い持ちの29%しか残らない
- 夏だけ保有:3.45倍(年率3.78%)——「弱い」はずの夏も、配当込みでは年率3.8%稼いでいた
検算は 8.98 × 3.45 ≒ 30.97 で一致します。つまり「夏を捨てる」とは、年率3.8%の期間を放棄することと同義でした。夏の待機資金に現在の米ドルMMF並みの3%が付いたとしても年率は8%台前半にしかならず、買い持ちの10.8%には届きません。季節差が実在した時代を丸ごと含めてなお、切替戦略は負けています——理由は単純で、「冬の方が良い」と「夏は捨てるべき」の間には、大きな溝があるからです。
執行コスト — 税は富を4割削り、新NISAとは噛み合わない
特定口座:毎年の利益確定が複利を削る
切替戦略は年1回の利益確定が定義に組み込まれています。勝った冬ごとに20.315%を課税するシミュレーション(1993年10月末〜2026年4月末)では、冬だけ戦略は税引前8.92倍→税引後5.34倍(年率6.96%→5.29%)。一方、買い持ちは終端で一括課税しても22.03倍が残ります。ダウの犬と同型の「回転の税コスト」問題ですが、こちらは回転そのものが戦略なので逃げ道がありません。
新NISA:枠は2層あり、半年回転と噛み合わない
| 枠 | 売却したら? |
|---|---|
| 非課税保有限度額(生涯1,800万円) | 復活する——ただし翌年以降に、簿価(取得金額)分だけ(金融庁:「翌年以降売却した商品の簿価の分だけ非課税投資枠が復活し、再利用が可能」) |
| 年間投資枠(つみたて120万・成長240万/年) | その年の中では戻らない——枠は購入額で消費され、復活の定めは総枠(翌年以降)にしかない |
5月に売って11月に買い戻すのは同一年内なので、買い戻しはその年の年間投資枠の残りから行うことになります。回転できる規模は年間投資枠が上限(実質、成長投資枠の240万円)で、枠を回転に使えば新規の積み増しはできず、360万円を超えるNISA残高を毎年売って戻す運用は制度上、恒常的に不可能です。半年回転は「禁止」ではなく「規模が頭打ちになり、非課税の複利を自分で止める」戦略になります。
待機金利:ゼロ金利期より条件は改善、それでも足りない
「休むも相場」のコストは時代で変わりました。2020〜21年は待機してもほぼゼロ金利でしたが、いまは米ドルMMFが年3.0〜3.2%、円も普通預金0.3%(2026年8月から大手行0.4%)、2026年には円MMFが9年ぶりに復活しています。それでも前述のとおり、3%の待機金利では株式の平均リターンとの差は埋まりません。
本場のセルインメイETFは、5月に清算された
この戦略には商品化の実物がありました。SZNE(Pacer CFRA-Stovall Equal Weight Seasonal Rotation ETF、2018年設定・経費率0.60%)——11〜4月は景気敏感4セクター(一般消費財・資本財・素材・情報技術)、5〜10月は生活必需品+ヘルスケアへ半年ごとに回転する、「市場から降りる代わりにディフェンシブへ逃げる」洗練版です。
結果は、SECへの最終年次報告が語ります。設定来リターン年6.92%に対しS&P500は年14.73%。最終年度は+12.98% vs +31.05%とダブルスコアで置いていかれ、純資産は1,340万ドルまで縮小。そして2026年4月30日に清算が告知され、2026年5月15日、取引終了——「5月に売れ」のETFが、5月に売られて消えました。季節ローテーション型の上場商品は現在カナダに1本(HAC)が残るのみで、東証には存在しません(JPX銘柄一覧で確認)。
日本の月別カレンダー — 実体は「8〜9月」に集中している
日経平均の月別平均リターン(1990〜2026年、当サイト実測)で見ると、弱いのは8月(▲1.06%)と9月(▲0.97%)、強いのは4月(+1.68%)・11月(+1.16%)・12月(+1.04%)。「夏枯れ相場」という和製の経験則はデータと整合する一方、「節分天井・彼岸底」は月次平均には現れませんでした(2月+0.32%・3月▲0.10%)。そして肝心の5月は日経+0.77%、S&P500に至っては+1.25%と平均的にはプラスの月——「5月に売れ」は、字面の5月からして当たっていません。季節性を意識するにしても、その実体は「5月から半年」ではなく「8〜9月の弱さと11月以降の強さ」です。
⚠ 留意点
- 実測の条件:指数(^GSPC・^N225)は配当抜きの価格ベース、SPYの累積計算のみ分配金込み。月末終値基準・税/取引コスト控除前(税の節は別途シミュレーション)。TOPIXは取得可能データに欠陥があるため長期系列は日経平均で代表しています。
- 季節性は将来を保証しません。長期で実在した季節差が直近10年で逆転したこと自体が、「過去のパターンに機械的に従うリスク」の実例です。2026年の夏半期の数字は10月末まで未確定です。
- 本記事は「売るな」という助言でもありません。検証したのは「カレンダーだけを理由に売買する戦略」の過去成績と執行コストであり、個々の投資判断はご自身の状況・責任で行ってください。
一次情報(学術文献・公式資料)
FAQ
Q. セルインメイとはどんな格言ですか?
「5月に売って市場を離れ、セント・レジャー・デー(9月の英国競馬の祭典)に戻ってこい」という英ロンドン発祥とされる相場格言です。学術的には「11〜4月のリターンが5〜10月より高い」という半年季節性(ハロウィン効果)として研究され、米国では1986年にStock Trader's Almanacが「ベスト6カ月」として広めました。
Q. 株価の季節性は本当に存在するのですか?
長期データでは存在します。S&P500は1950年以降、冬半期(11〜4月)が平均+6.95%に対し夏半期(5〜10月)は+2.08%。学術研究(Bouman & Jacobsen 2002)でも37市場中36市場で冬優位が確認されました。ただし直近10年(2016〜2025年)は日米とも夏半期が9勝1敗と逆転しており、「近年は効果が消失した」とする研究(Dichtl & Drobetz 2015)と整合します。また夏半期も平均ではプラスなので、正確な現象は「夏は弱い」ではなく「夏は冬よりリターンが低い傾向があった」です。
Q. 日本株のセルインメイはどうですか?
歴史的には世界でも季節差が強い市場でした。日経平均の夏半期だけを1971年から55年持ち続けると元本が0.72倍に減る一方、冬半期だけなら33.3倍です。ただし直近10年は夏が9勝1敗・平均+9.07%と完全に逆転し、2025年の夏半期は+45.4%と1971年以降で最強でした。月別では8月(平均−1.06%)と9月(−0.97%)が弱く、「夏枯れ相場」の実体は8〜9月に集中しています。
Q. 新NISAで「5月に売って11月に買い戻す」はできますか?
枠の仕組みと相性が悪い戦略です。NISAの枠は2層あり、生涯の非課税保有限度額(1,800万円)は売却の翌年以降に簿価分が復活しますが、年間投資枠(つみたて120万円・成長240万円)はその年の購入額で消費され、同じ年の中では戻りません。5月に売って11月に買い戻す場合、買い戻しはその年の年間投資枠の残りから行うため、回転できる規模は年間投資枠が上限になり、360万円を超えるNISA残高を毎年回転させることは制度上できません。売るたびに非課税の複利枠を手放す構造です。
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本記事は学術文献・SEC提出書類・金融庁/JPXの公表資料および市場データ(Yahoo Finance経由)を基に、当サイトが計算条件を明示した上で集計・整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の売買タイミング・戦略・商品の採用を推奨・勧誘するものではありません。過去の実績・季節性は将来の成果を保証しません。投資に関する最終判断はご自身の責任で行ってください。
出典:Bouman & Jacobsen (2002)、Zhang & Jacobsen (2013, 2021)、Maberly & Pierce (2004)、Dichtl & Drobetz (2015)、Kamstra et al. (2003)、SEC EDGAR(SZNE清算告知・N-CSR)、金融庁NISA公式、JPX、市場データは2026年7月24日終値まで(実測・シミュレーションは当サイト算出、2026年7月26日時点・編集部構成)。