石油を売った石油ファンド — ノルウェー政府年金基金の現在地
通称「オイルファンド」——ノルウェー政府年金基金グローバル(GPFG)は、約21.6兆クローネ(約370兆円)を運用し、世界の上場株式の約1.5%を保有する、世界最大の政府系ファンドです。ただしこの基金、名前が二重にねじれています。「年金基金」なのに年金の給付債務を持たず、「石油の基金」なのに石油の探査・生産株を投資対象から外しました。しかも基金価値の過半は、いまや石油収入ではなく運用リターンです。
規模・保有上位の変遷・日本株の中身・倫理除外・年1回しか全銘柄が見えないSEC 13Fまで、NBIMの公式開示とSEC EDGARで検証して整理しました(2026年7月25日時点・編集部構成)。
何者か — 「年金」でも「石油」でもなくなった国家の貯金箱
出発点は1990年に議会が設立した「政府石油基金」です。北海油田の収入を海外資産で運用して将来世代に残す仕組みで、初回入金は1996年。2006年に現在の「政府年金基金グローバル(Government Pension Fund Global)」へ改称されましたが、名前に反して特定の年金給付債務には紐づいていません。実態は「国家の貯蓄基金」で、使い道は財政ルール(handlingsregelen)——基金の期待実質リターン(現行約3%。2017年に4%から引き下げ)に相当する額までを毎年の国家予算に繰り入れる——を通じてのみ。この繰入がノルウェーの国家予算の2割弱を賄っています。
もう一つ、由来からのずれが進んでいます。2025年末の基金価値21兆2,680億クローネのうち、累積の運用リターンが13兆4,570億クローネと過半を占め、政府(石油収入)からの累積純流入は5兆4,200億クローネ。「石油マネーの基金」というより、すでに「複利の基金」です。運用者はノルウェー中央銀行傘下のNBIM(Norges Bank Investment Management)。678人・41カ国籍のチームがオスロ・ロンドン・ニューヨーク・シンガポールの4拠点で運用し(2025年末)、CEOのニコライ・タンゲン氏は世界のCEOを招くポッドキャスト「In Good Company」のホストとしても知られます。
GPIFとの比較 — 銘柄は似ても、運用体制は正反対
| 項目 | GPFG(ノルウェー) | GPIF(日本) |
|---|---|---|
| 分類 | 世界最大の政府系ファンド(SWF) | 世界最大の公的年金基金 |
| 規模 | 約2.06兆ドル(約364兆円=2025年末) | 293.6兆円(2026年3月末) |
| 年金給付債務 | なし(国家貯蓄) | あり(厚生・国民年金の積立金) |
| 運用体制 | 95%を内製運用(外部委託5.0%) | 株式は全額外部委託・パッシブ中心 |
| スタイル | FTSE Global All Cap基準の準インデックス+倫理除外 | 基本ポートフォリオ4資産×25% |
| 直近リターン | 2025年: +15.1% | 2025年度: +16.47% |
日本株の保有上位が東証の大型株に集中する点は両者そっくりですが、中身は対照的です。GPFGは財務省が設定したベンチマーク(株式はFTSE Global All Cap基準・44カ国7,397銘柄、株70:債30)に対しトラッキングエラー0.62ポイントで運用する「巨大なほぼインデックスファンド」で、1998年以降の超過リターンは年率+0.24ポイント。コア・サテライトでいう「コア」だけを国家規模でやっているような存在です。
保有上位10の5年 — GAFA一色からNVIDIA首位へ
NBIMは全保有銘柄を公式データベースで開示しています。2020年末と2025年末の株式保有上位10を並べると、この5年の市場の重心移動がそのまま見えます。
| # | 2020年末 | 2025年末 | 2025年末保有額 |
|---|---|---|---|
| 1 | Apple | NVIDIA | 5,739億NOK |
| 2 | Microsoft | Apple | 4,965億NOK |
| 3 | Amazon | Microsoft | 4,586億NOK |
| 4 | Alphabet | Alphabet | 4,393億NOK |
| 5 | ネスレ | Amazon | 3,079億NOK |
| 6 | Facebook(現Meta) | TSMC | 2,288億NOK |
| 7 | TSMC | Broadcom | 2,156億NOK |
| 8 | ロシュ | Meta | 1,956億NOK |
| 9 | サムスン電子 | Tesla | 1,614億NOK |
| 10 | アリババ | イーライリリー | 1,210億NOK |
※NBIM公式保有データベース(各年12月31日時点、株式)より当サイト集計。11位以下はバークシャー・ハサウェイ、JPモルガンと続く。
首位のNVIDIAは同社の発行済み株式の1.26%をこの基金が保有という規模です。一方で2020年に5〜10位を占めた非米国勢は総崩れ——ネスレは27位、ロシュは17位、サムスン電子は15位へ後退し、株式ポートフォリオに占める米国の比率は41.8%から54.6%に上がりました。準インデックス運用ゆえに、これは「選んだ」結果ではなく世界の時価総額の偏りそのものです。
なお10位から18位に後退したアリババは、売却されたわけではありません。保有額はむしろ556億→731億NOKに増えており、中国株全体も638社・5,440億NOKを保有し続けています。順位の低下は中国株の停滞と米国テックの膨張の相対的な結果です。
日本株16.6兆円の中身 — トヨタ首位は不変、脇は銀行と半導体装置に交代
2025年末の日本株保有は1,096社・9,705億NOK(約16.6兆円)。日本国債も2,670億NOK保有しており(国債の保有国別で世界2位)、日本資産は基金全体の6.0%を占めます。株式の上位はこう変わりました。
| # | 2020年末 | 2025年末 | 2025年末保有額 |
|---|---|---|---|
| 1 | トヨタ自動車 | トヨタ自動車 | 383億NOK |
| 2 | ソニー | ソニーグループ | 309億NOK |
| 3 | キーエンス | 三菱UFJ | 292億NOK |
| 4 | ソフトバンクG | 日立製作所 | 238億NOK |
| 5 | 信越化学 | 三井住友FG | 222億NOK |
※6位以下(2025年末): ソフトバンクG、東京エレクトロン、みずほFG、アドバンテスト、キーエンス。
2020年のキーエンス・信越化学という「FA・素材の優等生」枠が、2025年には三菱UFJ・三井住友・みずほの銀行3行と、日立・東京エレクトロン・アドバンテストの重電・半導体製造装置に置き換わりました。金利のある世界とAI投資という、この5年の日本株の勝ち筋がそのまま反映された格好です。銘柄数が1,499社から1,096社に減っているのは日本売りではなく、小型株を整理するNBIMの全体方針によるものです(世界全体でも9,123社→7,201社)。
「石油を売った」の真相 — ESGではなくリスク管理
2019年3月、ノルウェー財務省は石油・ガスの探査・生産(E&P)専業企業をベンチマーク指数と投資対象から除外する方針を決めました。産油国の国家ファンドが石油株を売る——と当時大きく報じられましたが、公式文書の理由づけは明快で、「国家の富がすでに石油に大きく依存しているため、油価の恒久的下落に二重に晒されるリスクを減らす」という分散の論理です。財務省は「石油セクターの将来性やサステナビリティへの見解を反映したものではない」と明記しています。
対象がE&P専業(FTSE分類の探査・生産サブセクター)に限られた点も重要です。ConocoPhillipsなどの専業は保有ゼロになった一方、ExxonMobil(2025年末680億NOK)・Chevron・Shell・TotalEnergies・BPといった統合メジャーは現在も保有中。「石油を売った石油ファンド」は半分正しく、半分は見出しの誇張です。
倫理除外リスト — 185社を投資対象から外す仕組み
これとは別に、GPFGには財務省任命の独立機関・倫理評議会(Council on Ethics)の勧告に基づく除外制度があります。2026年7月時点の公式リストは除外185社+観察20社。内訳は石炭関連66社を筆頭に、深刻な環境破壊28社、紛争下の権利侵害21社、タバコ19社、核兵器14社など。Glencore(石炭基準、2020年)、Philip MorrisやBAT(タバコ、2010年)、Boeing・Lockheed Martin(核兵器関連、2006年・2013年)といった有名企業が並び、2025年8月にはCaterpillarとイスラエルの銀行5行が「紛争下における個人の権利侵害への加担リスク」を理由に加わりました。
ただし制度は今まさに移行期にあります。2025年11月から新規の除外決定は凍結され、政府任命の委員会が倫理枠組み全体を見直し中(2026年10月15日に報告書提出予定)。このリストの今後の運用は変わる可能性があります。
SEC 13Fの読み方 — 全銘柄が見えるのは年1回だけ
米国株を運用するため、Norges Bank(CIK 0001374170)は他の機関投資家と同じくSECにForm 13Fを四半期提出しています。ただし読み方に癖があります。ノルウェー法の開示義務と調整するためSECの機密扱い(confidential treatment)承認を得ており、全銘柄の明細が公開されるのは毎年第4四半期分だけ。Q1〜Q3分は総額のみのサマリー提出で、明細は約1年後に修正報告(13F-HR/A)で遡って公開されます。
- 最新の完全開示:2025年12月末分(2026年2月10日提出)——米国上場分1,577銘柄・総額9,348億ドル。上位はNVIDIA 622億ドル、Apple 523億ドル、Microsoft 507億ドルと、グローバル保有上位とほぼ同じ並びです(台北上場のTSMC等は13Fに含まれません)。
- 最新の提出:2026年3月末分(5月11日提出)——総額8,647億ドル・1,507銘柄のサマリーのみ。
13F追跡サイトでNorges Bankを眺めるときは、「四半期ごとの売買が見えているようで、実は年末の断面しか見えていない」点に注意してください。むしろ全世界の保有をリアルタイムに近い粒度で知りたければ、NBIM自身の保有データベース(年2回更新・次回は2026年8月12日に上半期分を公表予定)の方が13Fより情報量が多い、という逆転が起きています。
成績 — 「ほぼインデックス」の複利が370兆円を作った
- 2024年:+13.1%(利益2兆5,110億NOK)
- 2025年:+15.1%(利益2兆3,620億NOK。株式+19.3%、債券+5.4%)。ベンチマーク比は▲0.28ポイント
- 2026年Q1:▲1.9%。クローネ高も重なり基金価値は一時20兆NOK割れ
- 長期(1998年〜):年率+6.64%、コスト・インフレ控除後の実質で+4.34%。ベンチマーク超過は年率わずか+0.24ポイント
派手な銘柄選択ではなく、世界市場をほぼ丸ごと持ち続けた複利が370兆円の過半を作った——という事実は、規模こそ桁違いですが、個人のインデックス投資と同じ原理です。なお株主としての存在感は静かではなく、2024年・2025年のテスラ株主総会ではマスクCEOの報酬パッケージにいずれも反対票を投じています(保有比率約1.1%の大株主として)。
⚠ 留意点
- 数値の時点に注意。基金価値は2025年末21兆2,680億NOK(約364兆円)、2026年7月25日のnbim.no表示値は約21.6兆NOK(約370兆円)。円換算は2026年7月24日のレート(1NOK≒17.1円)によるもので、資産評価日とは異なります。次回の半期報告・全保有リストは2026年8月12日公表予定で、本記事の保有データ(2025年末)はそこで更新されます。
- 倫理除外制度は見直し中。2025年11月以降、新規除外は凍結されており、2026年10月に政府委員会の報告書が出る予定です。除外リストの記述は移行期の断面である点にご注意ください。
- 準インデックス運用の保有上位は「推奨銘柄」ではありません。時価総額の反映であり、この基金の保有を根拠に個別銘柄の優劣を判断することはできません。本記事は事実の紹介であり、特定の金融商品の売買を推奨・勧誘するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
一次情報(公式資料)
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本記事はNBIM(Norges Bank Investment Management)の公式開示・年次報告、SEC EDGAR、ノルウェー財務省・GPIFの公表資料等の公開情報を基に当サイトが整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の金融商品の購入・売却を推奨・勧誘するものではありません。記載内容は作成時点のものであり、今後変更される場合があります。投資に関する最終判断はご自身の責任で行ってください。
出典:NBIM公式サイト・保有データベース(2020年末/2025年末)・年次報告2025、SEC EDGAR Form 13F-HR(CIK 0001374170)、ノルウェー財務省(2019年3月8日発表・財政ルール)、GPIF 2025年度業務概況(2026年7月3日)、Global SWFランキング。円換算は2026年7月24日レート(2026年7月25日時点)。