INVESTMENT STRATEGY ・ 投資の考え方 第4号

原油安の投資定石を検証する — 「安くなったら航空・50ドル割れで逆張り」は1勝2敗だった

「原油が下がったら、燃料コストが減る航空・物流を買い、資源株と原油ETFを避け、十分に下がったところでエネルギー株を逆張りする」——広く語られる原油安の定石です。この定石を過去10年余りの3つの下落局面に当てはめると、きれいに成立したのは1回だけ。2020年は原油がマイナス価格を付けたのに航空ETFが▲63%となり、2025年からの下落では「50ドル割れで買う」の50ドルが一度も来ないまま、2026年の戦争急騰に転じました。

分かれ目は「なぜ下がったか」です。供給過剰による下落か、需要崩壊による下落か——この診断を先に置くと、3局面の明暗は一貫して説明できます(学術的な裏付けはKilian 2009)。EIA・IEAがともに2027年の大幅な供給過剰を予測するいま、「次の下落局面」に備えて定石を組み直しました(2026年7月26日時点・編集部構成)。

WTI現値
$89.31
2026/7/24終値・下落局面ではない
2026年高値
$112.95
4/7・ホルムズ海峡途絶
2025年下落の安値
$55.27
12/16・50ドル割れは来なかった
2027年Brent予測
$65
EIA・大幅供給過剰見通し

まず「なぜ下がったか」— 供給型と需要型で正反対になる

原油価格の変動を扱った代表的な研究、Kilian(2009, American Economic Review)は、油価ショックを「供給ショック」「世界の総需要ショック」「原油固有の予備的需要ショック」に分解し、それぞれ経済への影響がまったく異なることを示しました。続くKilian & Park(2009, International Economic Review)は、株式市場の反応は油価が動いた「原因」次第で逆にもなることを実証しています。この枠組みで過去の下落局面を分類すると:

局面下落幅(WTI終値)主因
2014-16年$107.26 → $26.21(▲76%)供給型米シェール急増+OPECの減産見送り(シェア戦争)
2020年→ 一時▲$37.63(史上初のマイナス)需要型コロナのロックダウンで需要消滅、貯蔵逼迫
2025年〜26年1月$80.04 → $55.27(▲31%)供給型OPEC+の自主減産解除の加速(2025年4月に+41.1万b/dへ加速決定)

「消費側に追い風」が成立するのは供給型のときだけ——需要型の原油安は、燃料が安くなる以上のスピードで売上が消えるからです。以下、定石の各行をこの物差しで検証します。

検証① 「航空・物流に追い風」— 供給型では最高益、需要型では▲63%

2014-16年(供給型):教科書どおり成立

世界の航空業界の純利益は2015年に353億ドルと当時の史上最高を記録し、2016年も更新(IATA)。日本でもJALが2016年3月期に営業利益2,091億円(+16.4%)、ANAが1,364億円(+49.1%)と揃って最高益を出し、両社とも決算で燃料費の減少を主因に挙げました。

2020年(需要型):完全に不成立

原油がマイナス価格を付けた年に、米航空ETFのJETSは高値から▲62.8%($32.25→$12.00)。JAL株は▲53%、ANA株は▲42%まで売られました。燃料はタダ同然でも、飛ばす便がなければ意味がない——需要型の原油安で航空を買う根拠は存在しません。なおJETSは2026年7月現在$30.10と、6年半経ってもコロナ前高値を回復していません

2025-26年:いま「逆回転」が進行中

足元は定石の対称形です。燃料高騰を受け、ANAは2026年3月期に営業利益2,174億円の最高益を出しながら、2027年3月期は営業利益▲31%・純利益▲43%のガイダンス(燃料高で約▲1,400億円、うちヘッジで+300億円を相殺)。JALも純利益▲20%予想です。米デルタ航空の2026年4-6月期の燃油単価は1ガロン3.93ドルと四半期の過去最高(前年比+75%)——燃料が利益の主変数であることを、今度は高い側から証明しています。

ただし恩恵は「遅れて・一部だけ」届く

定石の時間軸には2つの減衰があります。第一に燃油ヘッジ——JAL・ANAとも国内線相当分を複数年に分けて段階的にヘッジしており(国際線相当分は原則ヘッジせず)、原油が下がってもヘッジ済み分は高値で固定されたままです。第二に燃油サーチャージ——国際線のコストは約2カ月遅れの市況連動で乗客に転嫁されているため、原油安ではサーチャージ収入も減ります。物流はさらに顕著で、FedExは燃油サーチャージを週次で改定する公表テーブルを持ち、燃料コストはほぼ機械的に顧客へパススルーされます(2026年の燃料急騰下でも同社決算は市場予想を上回りました)。「原油安=即・満額の追い風」ではなく、「半年〜2年遅れで、ヘッジ外の部分にだけ」が実務の姿です。

検証② 「資源株・原油ETFを回避」— 理由の半分は局面と無関係だった

原油ブル型ETF・ETN:避ける理由は「下がるから」ではない

先物連動のブル型商品は、期先の価格が高い状態(コンタンゴ)での限月乗り換えで恒常的にコストを払うため、原油が戻っても価格が戻らない構造を持ちます。2020年にはその構造が臨界に達し、米国ではVelocityShares の3倍型ETN(UWT・DWT)が繰上償還、世界最大の原油ETFだったUSOは緊急の投資構成変更と1対8の株式併合に追い込まれました(2020年の高値→安値は▲84%)。東証の原油ダブル・ブルETN(2038)は早期償還こそ免れましたが、2020年に商品条件の変更を経て存続した経緯があり、証券会社の商品資料には年間リターン▲84.6%の年が記録されています。短期の価格当てツールであり、局面を問わず長期保有には不向き——「下落局面だから回避」より一段強い結論になります。

サウジアラムコ:回避以前に「買えない・配当が消えた」

アラムコ(タダウル上場2222)の論点は油価より配当構造です。2024年に総額1,242億ドルを支払った配当は、業績連動分の消滅で2025年に約855億ドルへ縮小。株価は2026年の油価急騰下でも2022年高値に遠く及びません。そもそも政府とPIF系で9割超を保有しフリーフロートは数%程度、日本の主要ネット証券にサウジ市場の取扱がなく、個人が直接買う手段は事実上ありません。

INPEX:回避一択ではなく「感応度と株主還元」で見る対象に

国内最大の資源株INPEX(1605)は、この数年で性格が変わりました。年90円を起点とする累進配当を中期計画で明言し(2026年12月期は108円計画・予想利回り約2.9%)、2025年には1,000億円の自社株買いを実施。感応度は会社資料ベースでBrent1ドルにつき年間利益±約55億円で、2026年5月には前提油価を70〜83ドルへ引き上げて純利益3,500〜4,500億円に上方修正しています。「原油が下がりそうだから機械的に回避」ではなく、織り込まれた前提油価と還元方針を見て判断する銘柄になっています。

検証③ 「50ドル割れで逆張り」— 50ドルは床ではなく、今回は来なかった

「WTI50ドル割れで分散エントリー」という水準トリガーを過去に当てはめると、二重に破綻します。

一方で「安値圏のエネルギー株の分散買いが中期で報われた」こと自体は事実です。エネルギーセクターETFのXLE(経費率0.08%・純資産395億ドル、エクソン+シェブロンで約36%)は、2016年の安値から2年で+62.6%、2020年の安値からは2年で+352%(いずれも配当込み)。機能しなかったのは逆張りそのものではなく、「価格の一線」という単一トリガーです。実務的な判断材料は、OPEC+の政策転換(増産か減産か)・在庫の方向・生産者の損益分岐といった複合シグナルに置き換える必要があります。

この逆張りを最大規模で実行したのがバフェットです。バークシャーは2019年の優先株100億ドルに始まり2022年から普通株を積み増し、直近13F(2026年3月末)でオクシデンタル株2億6,494万株・約172億ドル(発行済みの約27%)を保有。ただしその巨匠でさえ、2020年には優先株配当を現金でなく株式で受け取る事態と深い含み損を経験しています——供給型の安値拾いですら、途中経過は平坦ではありません。

検証④ 「原油安→利下げ→グロース・REIT」— 連鎖は各リンクで壊れる

「原油安がインフレを冷やし、利下げがグロース株とREITを押し上げる」という3段論法を、実際の利下げ局面(2024年9月開始)で検証すると:

期間QQQ(配当込み)VNQ(配当込み)備考
利下げ開始〜現在
(2024/9/18→2026/7/24)
+46.7%+10.8%差は約36ポイント
利下げ3連発期
(2024年Q4)
+8.8%▲7.6%「利下げ=REIT上昇」は初動から不成立
2026年(据え置き期)+11.6%+16.2%VNQが上げたのは利下げ停止後

QQQの上昇はAI関連の業績が主因で利下げの手柄とは言い難く、VNQは米オフィス空室率20.4%(史上最高、Moody's)という金利以外の構造要因に抑え込まれました。さらに現在は連鎖の向きが逆転しています——FRBは2026年6月のFOMC声明でエネルギーを含む供給ショックが物価を押し上げていると明記し、FF金利3.50〜3.75%で利下げを停止中。「原油と金利とREIT」は一方通行の鎖ではなく、それぞれが独立に壊れうる弱いリンクの集まりです。

現在地 — いまは高騰局面。ただし「次の下落」は予告されている

2026年の原油は定石の適用局面にありません。1月に55.99ドルで底入れした後、中東情勢の悪化とホルムズ海峡の通航途絶で4月7日に112.95ドルへ急騰。いったん78ドル台まで沈静化したものの、7月下旬はタンカー攻撃と米イラン再燃でブレントが一時100ドルを回復しています(7月24日終値:WTI 89.31ドル・ブレント96.78ドル)。

その一方で、需給の先行きは逆方向を指しています。EIAは2027年のブレント平均を65ドルと予測し、在庫は2027年に日量500万バレルの積み上がり(大幅供給過剰)を見込みます。IEAも2026年の世界需要を2020年以来初の前年比減とした上で、緊張が緩和すれば2027年に日量750万バレルの供給増を予測。OPEC+側も2026年6〜8月に7カ国で月18.8万b/dずつの増産を決めています。「次の供給型の下落局面」は、複数の公的機関の予測に既に現れている——本記事の検証が次に試されるのは、おそらくその局面です(予測は前提次第で外れます)。

※関連する日本株の現在値(2026年7月24日終値・予想利回りは会社計画ベース概算):INPEX 3,761円(約2.9%)、出光興産 1,333.5円(約2.7%)、ENEOS 1,320円(約2.6%)、JAL 2,787円、ANA 2,951円。東証にはエネルギー株ETF(1618)や原油連動ETF(1671・1699)も上場していますが、規模・流動性と先物連動の減価には注意が必要です。JETS・XTNの国内ネット証券での取扱有無は各社の銘柄検索でご確認ください。

⚠ 留意点

一次情報(公式資料・学術文献)

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本記事はEIA・IEA・OPEC・FRB・各社決算開示・SEC EDGAR・学術文献・市場データ等の公開情報を基に当サイトが整理した一般的な情報提供を目的としており、特定の金融商品・セクター・戦略の売買を推奨・勧誘するものではありません。過去の実績は将来の成果を保証せず、公的機関の予測も前提次第で変わります。原油関連商品・セクターETFは価格変動が特に大きく、投資に関する最終判断はご自身の責任で行ってください。

出典:EIA STEO(2026年7月7日)、IEA OMR(2026年7月10日)、OPECプレスリリース(2025年4月・2026年6月/7月)、IATA Annual Review 2016、JAL・ANA・デルタ・FedEx決算資料(2026年)、FRB FOMC声明(2026年6月17日)、Kilian (2009)・Kilian & Park (2009)、State Street・各ETF公式、SEC EDGAR(バークシャー13F 2026年Q1)、Saudi Aramco年次報告2024・2025年通期決算、市場データは2026年7月24日終値(当サイト集計)。