企業価値はどう計算するか — 無料ツール4つでDCFを一周する
企業価値評価の王道・DCF法(割引キャッシュフロー法)は、無料ツールだけで一周できます。業績と株価はバフェットコード、β値は「資本コスト」(costofcapital.jp)、有報の数字はIR Bank、原本はEDINET——本記事はこの4つを使い、KDDI(9433)を例にフリーキャッシュフロー→WACC→理論株価まで、計算過程を全部見せながら実演します。
結論を先に。基準ケースの理論値は約2,942円で市場価格(2,922.5円)とほぼ一致——ただしβと成長率の置き方だけで1,766円から4,793円まで散ります。DCFは「正解の株価」を出す機械ではなく、いまの株価に市場が織り込んでいる前提を逆算する思考の道具。その使い方まで含めて整理しました(2026年7月26日時点・編集部構成。計算例であり銘柄の推奨ではありません)。
道具の配線図 — どの数字を、どこで取るか
| ツール | 取る数字 | 無料の範囲(2026年7月確認) |
|---|---|---|
| バフェットコード | 株価・時価総額・EV・純有利子負債・自己株控除後株式数・減価償却費・設備投資・β・参考WACC | 登録なしで上記すべて閲覧可。推移グラフ類は無料会員登録 |
| 資本コスト(costofcapital.jp) | β値(対・配当込みTOPIX) | 全上場銘柄、毎週土曜更新。日次/週次/月次×2年/5年の6期間、修正β・アンレバードβ・95%信頼区間まで無料 |
| IR Bank | 設備投資・有利子負債・現金等の長期系列。有報ビューアで減価償却費・支払利息・運転資本の増減 | 登録不要。減価償却費等は銘柄ページ→報告書→有報ビューア(CF計算書の転載)まで潜る |
| EDINET | 有価証券報告書の原本(発行済株式数・自己株式・注記の支払利息内訳) | 閲覧は登録不要、書類PDFは直リンク可。機械取得はAPI v2(無料・APIキー登録制) |
補足を3つ。①バフェットコードの無料範囲は想像より広く、EV・純有利子負債・自己株控除後の株式数まで登録なしで見えます。②発行済株式数の正確な内訳(自己株式・信託保有分)だけはEDINETの有報「第4 提出会社の状況」が確実です。③無リスク金利は財務省の国債金利情報(CSVで毎日更新)から10年債を取ります。
手順の全体像 — 5ステップ
この枠組みは日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」(研究報告第32号)にフリー・キャッシュ・フロー法として収載され、実務の世界標準はマッキンゼー『企業価値評価』(原著第8版2025年、日本語版は第7版・ダイヤモンド社)です。本記事は「単年FCF×永久成長」の最簡構成で回します——実務では5〜10年の予測期間を置きますが、仕組みの理解にはこの形が最短です。
STEP 1:フリーキャッシュフロー — KDDIの実数で約4,960億円
KDDIの2026年3月期有報(EDINET: S100YKG2)から数字を拾います。すべてIR Bankの有報ビューアでも同じ行が見えます。
| 項目 | 金額(百万円) | 出所 |
|---|---|---|
| 営業利益 | 1,099,125 | 有報・損益計算書 |
| × (1 − 税率31.5%) | → NOPAT 752,901 | 税率は防衛特別法人税込みの東京・大企業水準(後述) |
| + 減価償却費及び償却費 | +688,271 | 有報・CF計算書(バフェットコード表示と一致) |
| − 設備投資(有形+無形の取得) | −679,006 | 同CF投資活動(404,828+274,178) |
| − 運転資本の増加 | −266,222 | 同CF:営業債権△262,117・棚卸△7,484・営業債務+3,379 |
| = FCF | 495,944(約4,960億円) |
※KDDIはauじぶん銀行等を連結する「銀行込み」の会社のため、金融事業の貸出金・預金の増減(△1.25兆円・+1.10兆円)は本業のFCFに混ぜず除外しています。この「金融事業の切り分け」はDCFの定番の落とし穴です。またこの期は営業債権の増加が大きく、FCFはやや保守的な年になっています。
税率は2026年度から防衛特別法人税(基準法人税額×4%、国税庁パンフレット)が加わり、東京・外形標準課税対象の法定実効税率は30.62%→31.52%になりました。将来FCFには新税率を使います。
STEP 2:WACC — β選びが最大の分岐点
株主資本コストはCAPM(無リスク金利+β×ERP)で作ります。インプットは3つ:
- 無リスク金利 2.776%:10年国債利回り(財務省、2026年7月23日)。1年前より大幅に高く、ここが上がった分だけ全銘柄の理論値は機械的に下がります。
- ERP(株式リスクプレミアム)6.0%を採用:日本の実務水準はFernandezらの2026年サーベイ(回答41件)で平均5.0%・中央値6.3%、Damodaranの2026年7月版で5.07%。本記事は中庸の6.0%を置きます。
- β 0.42を採用(週次5年・対TOPIX):ここが最大の罠です。同じKDDIでも、資本コスト(costofcapital.jp)の週次2年0.30・週次5年0.42・修正β0.53〜0.61、バフェットコード0.19、Yahoo Finance系は−0.108(米国指数基準とみられ日本株には使えません)。低βのディフェンシブ銘柄ほど、この選択が理論値を支配します。
負債コストは実績ベースで支払利息28,167百万円 ÷ 有利子負債5兆3,754億円 ≒ 0.52%(税引後0.36%)。ただしKDDIのリース金利は1年で1.24%→1.96%に上昇しており、新規調達は2%近辺と見るのが現実的です。ウェイトは時価総額11.13兆円(自己株控除後3,807百万株×2,922.5円)と有利子負債5.38兆円で E:D = 67:33。
検算として、バフェットコードが同銘柄に表示する参考WACCは3.8%——独立に計算してほぼ一致しました。
STEP 3〜5:理論株価 — 基準ケースは市場価格とほぼ一致
市場価格2,922.5円(2026年7月24日終値)に対し+0.7%——ほぼ一致です。これは「KDDIが適正価格」という意味ではなく、「β0.42・ERP6%・成長率0.5%という前提なら、市場はこの株を整合的に価格付けしている」という意味です。DCFの実務的な読み方は、この「市場価格を再現する前提の逆算」にあります。
感応度 — 同じ実績数字で、答えは1,766円から4,793円まで散る
FCF・純有利子負債・株式数を固定し、WACC(=β選択)と永久成長率gだけ動かした1株理論値です。
| g\WACC | 3.2%(β0.30相当) | 3.7%(β0.42・基準) | 4.5%(修正β0.61相当) |
|---|---|---|---|
| 0% | 2,942円 | 2,392円 | 1,766円 |
| 0.5% | 3,696円 | 2,942円 | 2,128円 |
| 1.0% | 4,793円 | 3,696円 | 2,593円 |
一般則としてWACC±1%ポイントで企業価値は±15〜20%、g±0.5%ポイントで±8〜10%動きます(永久成長モデルの算術)。βの期間を2年にするか5年にするか、修正βを使うか——それだけで±25%以上。だからこそ、1つの「理論株価」を信じるのではなく、レンジで持ち、前提を明示するのがこの道具の正しい使い方です。減損の形でDCFの前提崩れが現実になった例はウォルグリーンの検証記事(のれん減損124億ドル)でどうぞ。
DCFが向かない場面と、混同しやすいもの
- 金融業:負債が「原材料」であり設備投資・運転資本が定義できないため、FCFF型DCFは不適(Damodaranの論文、マッキンゼー本第38章「銀行の価値評価」)。配当割引や超過利益法を使います。KDDIの金融事業を除外したのも同じ理屈です。
- 赤字・高成長企業/シクリカル:前者は将来シナリオの構築(同第36章)、後者は利益の正規化(同第37章)が先で、実績単年のFCFをそのまま伸ばすと大きく誤ります。
- 「理論株価」系サービスとの混同:みんかぶ等の「理論株価・目標株価」は比較・診断ベースの独自モデルやアナリスト予想の合成で、DCFではありません(同社ヘルプに明記)。本記事の計算とは別物として扱ってください。
⚠ 留意点
- 本記事の計算は手順を示すための例であり、KDDIの適正株価の主張でも売買の推奨でもありません。感応度表のとおり、前提次第で理論値は市場価格の±40%以上動きます。
- 例示銘柄の注記:KDDIは2025年4月1日付で1:2の株式分割を実施(過去の株価・EPS系列は調整の有無を確認)、銀行子会社を連結(金融事業の切り分けが必要)、2026年6月25日に財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備を公表しています。
- インプットは生ものです。10年国債2.776%・実効税率31.52%・ERP5〜6%台はいずれも2026年7月時点。特に金利は1年で大きく動いており、計算のたびに取り直してください。
- βは統計的に不安定です(KDDIの回帰のR²は0.1前後)。単一の値でなく、期間・修正βを含む幅で扱うことを推奨します。
一次情報(公式資料・データ)
FAQ
Q. DCF法とは何ですか?何が分かりますか?
会社が将来生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)を、資本コスト(WACC)で現在価値に割り引いて企業価値を求める方法です。企業価値から純有利子負債を引き、株式数で割ると1株あたりの理論値が出ます。日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインにもフリー・キャッシュ・フロー法として収載された、M&Aや実務の標準手法です。ただし出てくる数字は前提(β・成長率)次第で大きく変わるため、「正解の株価」ではなく「いまの株価に市場が織り込んでいる前提を逆算する道具」と理解するのが正確です。
Q. 無料ツールだけでDCFはできますか?
できます。業績・株価・EV・自己株控除後の株式数はバフェットコード(登録なしで閲覧可)、β値は「資本コスト」(costofcapital.jp、毎週土曜更新・無料)、減価償却費・設備投資・運転資本・支払利息は IR Bank の有報ビューア、発行済株式数の正確な内訳と原本確認はEDINET(PDF直リンク可・閲覧は登録不要)、無リスク金利は財務省の国債金利情報で揃います。
Q. β値はどのツールのどの数字を使えばいいですか?
同じ銘柄でもツールと算出期間で大きく違います。KDDIの例では、バフェットコード0.19、costofcapital.jpの週次2年0.30・週次5年0.42・修正β0.53〜0.61、Yahoo Finance系は−0.108(米国指数基準とみられ日本株には不適)。実務では対TOPIXの週次2〜5年を基準に、修正βまで含めた幅で感応度を見るのが安全です。βの選び方だけで理論値が±25%以上動くことを前提にしてください。
Q. 計算した理論株価が市場価格より高ければ買いですか?
いいえ。本記事の実例では前提の置き方だけで理論値が1,766円から4,793円まで散りました。理論値と市場価格の差は「割安」の証明ではなく、あなたの前提と市場の前提の差です。DCFの実務的な使い方は、市場価格を再現するWACC・成長率を逆算し、その前提に賛成できるかを考えること。本記事は計算方法の解説であり、特定銘柄の売買推奨ではありません。
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本記事はEDINET提出書類・財務省・国税庁・日本公認会計士協会・SSRN掲載論文・各無料ツールの公開情報を基に、当サイトが計算過程を含めて整理した一般的な情報提供(計算方法の解説)を目的としており、特定の金融商品の購入・売却を推奨・勧誘するものではありません。計算例の理論値は前提に依存する試算であり、企業の適正価値を示すものではありません。各ツールの仕様・無料範囲は変更されることがあります。投資に関する最終判断はご自身の責任で行ってください。
出典:KDDI有価証券報告書2026年3月期(EDINET S100YKG2)、財務省国債金利情報(2026年7月23日)、国税庁(防衛特別法人税)、Fernandez, Habibian & Fdez. Acín (2026) SSRN 6570342、Damodaran Online(2026年7月版)、日本公認会計士協会研究報告第32号、costofcapital.jp(2026年7月24日基準)、buffett-code.com・irbank.net(2026年7月26日閲覧)、株価は2026年7月24日終値。計算は当サイト(2026年7月26日時点)。